秋田県へ、研修旅行へ行って参りました。
秋田での2日間は、私の大工・建築士人生において、非常に大きな転換点となりました。飯塚豊さんの設計塾でもるくす建築社の佐藤さんの講義を聴いてからというもの、「いつか必ず、佐藤さんが作る空気感をナマで体感したい」と願い続けてきました。タニタさんのおかげでその念願が叶い、秋田の厳しい寒さの中で触れた建築は、数字や理屈を超えた「本物の豊かさ」に満ちていました。今回の旅で私が確信したのは、これからの家づくりに必要なのは、行き過ぎた効率化や数値の競争ではなく、素材の力を信じる「手ざわりのある建築」だということです。奈良の工務店として、この学びをどう地域に活かしていくべきか。時系列に沿って詳しく振り返りたいと思います。
1日目:現場に宿る「引き算」の知恵と、職人の手仕事
秋田に到着して最初に向かったのは、現在進行中の平屋の現場でした。延床面積30坪ほどのお宅ですが、足を踏み入れてまず驚いたのは、空間のゆとりです。日本の標準的な寸法(3尺=910mm)ではなく、4尺5寸(約1365mm)という少し広めのグリッドで設計されています。廊下の幅一つとっても、海外の方にも窮屈さを感じさせない工夫があり、サッシがきれいに納まる合理性も兼ね備えていました。
断熱材についても、ただ厚くすれば良いという考え方ではありません。ここではコストを加味して200mm厚のグラスウールが使われていましたが、佐藤さんが強調されていたのは断熱材の「コシ」です。木は生きていますから、乾燥すれば必ず動きます。その動きにぴったりと追従し、隙間を作らない弾力性。オーストリアから取り寄せたという、トウモロコシ成分で固めた自然由来の断熱材は、手で触れるとその粘り強い質感がよくわかりました。
また、床下の空気を回す「パッシブ換気」をあえて採用しないという判断にも深く共感しました。床下の衛生状態を長期的に保つ難しさを考え、住む人のエリアと床下を明確に分ける。あえて機械に頼りすぎない「第3種換気」を選び、外壁の通気層から直接空気を取り込む設計は、メンテナンス性を最優先する職人ならではの決断だと感じました。


午後からは、タニタハウジングウェアの秋田工場へ伺いました。創業から80年近く、銅板を叩く仕事から始まったメーカーです。工場内には200台もの機械がありますが、実際に動いているのはその一部だけ。これは効率が悪いのではなく、急な注文にも柔軟に応えられる「ゆとり」を意図的に作っているのだそうです。
驚いたのは、製品の最終チェックです。10年以上の経験を持つベテランの方々が、一本一本の雨樋を指先でなぞり、目で見極めて傷や歪みを確認していました。機械化が進んでも、最後は「人の感覚」が品質を決める。谷田社長の「うちは銅を叩いてきた手仕事の文化がベースにある」という言葉は、同じ職人として胸に熱いものが込み上げました。

夜の懇親会では、佐藤さんからさらに踏み込んだ設計思想を伺うことができ、胸が熱くなる時間となりました。特に印象的だったのは、これからの木造建築を「3つの世代」に分けて定義されていたことです。
まず、石場建てで風通しは良いが冬は凍えるほど寒い「第1世代(伝統建築)」。次に、高断熱・高気密化が進みましたが、ビニールやケミカルな素材、そして複雑な機械設備でガチガチに固めてしまった「第2世代(現代の建築)」。そして佐藤さんが提唱し、私が今まさに目指すべきだと確信したのが、木や土、石といった自然素材が持つ物理的な力を最大限に活かして、温湿度をコントロールする「第3世代」の建築です。
この考え方は、私が大切にしている「バウビオロギー(建築生物学)」の理念そのものでした。バウビオロギーでは、家を「人間の第三の皮膚」と考えます。第一の皮膚は自分の肌、第二は衣服、そして第三が家です。衣服が汗を吸い、体温を適度に保ってくれるように、家もまた、素材そのものが呼吸し、湿気を吸放湿して健やかな空気環境を作らなければなりません。
佐藤さんは「効率化の果てに人間は本当に幸せになれるのか」という問いを、アニメ映画『すみっコぐらし』に登場する「ツギハギのぬいぐるみ」のエピソードを引用して語ってくださいました。工場で大量生産された完璧で均一なものよりも、誰かの手が入り、手入れをされながら長く大切にされてきたものにこそ、本質的な価値が宿る。その精神をどう建築に落とし込むかというお話は、効率や数値ばかりを追いかけがちな現代の家づくりに対する、強い警鐘のように感じました。
化学物質や機械に過度に依存するのではなく、自然の摂理に寄り添い、住む人の健康と建物の長寿命を両立させる。バウビオロギーの視点を取り入れたこの「第3世代」の建築こそが、湿気の多い奈良の風土においても、住む人を優しく包み込む本当の「豊かな家」になると、深夜まで続いた議論の中で確信を深めました。

2日目:8年の歳月と、三者三様の設計思想
2日目は、さらに深く建築の可能性を探る一日となりました。
1件目:潟上市・築8年の「越屋根(こしやね)の家」
最初にお邪魔したのは、8年前に建てられたOB様のお宅です。屋根の上に小さな屋根が載った「越屋根」が特徴で、そこから自然な光が差し込み、家全体の空気が健やかに流れていました。照明の使い方も非常に勉強になりました。天井に明るいダウンライトを並べるのではなく、床に近い低い位置に、小さな明かりを点在させる。これにより、空間に奥行きが生まれ、心が自然と落ち着きます。 大工として一番気になるのは、やはり「8年経ってどうなっているか」という点です。家の中に一歩入ると、新築にはない、しっとりと落ち着いた木の香りに包まれました。越屋根の役割は、家の中に溜まった熱い空気を自然に外へ逃がすこと。機械の力に頼り切らなくても、家全体の空気が健やかに流れているのが肌でわかります。
素材が本物であれば、8年という月日は「劣化」ではなく「深み」になります。壁の質感や床の艶に、住まい手が大切に暮らしている様子が表れていました。機械はいずれ壊れますが、こうした自然の力を活かした設計は、10年、20年経っても変わらず住む人を守り続ける。その確信を得ることができました。

2件目:小田島工務店・3棟同時モデルハウス見学
続いて、潟上市内にある小田島工務店さんのモデルハウスを訪ねました。驚いたのは、同じ敷地内に「もるくす建築社(佐藤さん)」「西方設計(西方さん)」「大和建築事務所さん」という、日本を代表する設計者3名がそれぞれ手がけた家が並んでいることです。


これらを見比べることで、設計の「引き出し」の重要性を痛感しました。
佐藤さんの設計は、コストを抑えつつ使うとこにはいいものを使い、小さい家なのに必要なスペースはしっかりとり、素材感や手触り風の流れを大切にする、どこか守られているような安心感があります。 西方先生の設計は、寒い地域でいかに快適に過ごすかという、徹底した計算と理論の裏付けを感じさせます。 大和建築事務所さんの設計は、細かな納まりの美しさと、空間そのものの構成美が際立っていました。
どれが正解というわけではありません。お客様がどんな暮らしを求めているかによって、最適な「味付け」は変わります。大工として25年現場に立ってきた経験に加え、こうした多様な設計思想を家づくりにどう取り入れていくか。お昼ごはんを食べながら、全国の仲間たちと熱く議論を交わしました。
3件目:もるくす建築社・美郷アトリエ(マッシブな建築)
旅の締めくくりは、越屋根の佐藤さんのアトリエです。ここで体感したのは「マッシブ(塊)」な建築の凄みです。通常の住宅の約3倍もの木材が使われており、屋根のてっぺんを支える「棟木(むなぎ)」がないという、非常に珍しい造りになっています。間仕切りの中にはたっぷりと土が入っており、この木と土の塊が、蓄熱し窓開け換気しても直ぐに温度が戻る蓄熱のすごさを感じました。
また、将来的に壁を全て取り払っても建物が成り立つように設計されており、「一生モノの家」という言葉の本当の意味を教わった気がします。



ここで感じたのは、肌に触れる空気の質の良さです。天井を明るく照らすのではなく、あえて低い位置に明かりを点在させる「光の設計」も、心が自然と落ち着く効果を生んでいました。
秋田の厳しい寒さを乗り越える知恵は、夏の湿気が厳しい奈良の暮らしにも必ず活かせます。
- 「数字」より「心地よさ」 UA値などの基準は守りつつ、それ以上に「木や土」の力で湿度が勝手に整う、数値化できない心地よさを追求します。
- 「一生モノ」の仕組み 壊れやすい複雑な機械に頼りすぎず、誰でも直感的に手入れができる、ローテクで長持ちする仕組みを大切にします。
- 「奈良の素材」を活かす 地元の吉野杉や土を使い、奈良の風土に合った家を作ります。

25年大工を続け、一級建築士として現場を見てきましたが、今回の旅で「本当に質の高い家」の正体がより明確になりました。効率を求めて使い捨てにするのではなく、手入れをしながら長く大切に使い続けたくなる家。そんな家づくりを、これからも奈良の地で誠実に続けていきます。