こんにちは。金山 純です。
2026年2月、私は北海道へと向かいました。ミライの住宅北海道研修への参加です。25年の大工経験を持つ一級建築士として、また奈良で家づくりを担う工務店経営者として、零下10度の極寒地で「本当の住まいのあり方」を学び直すためです。
そこで触れたのは、単なる性能数値ではありませんでした。住まい手の命を守り、100年先の後輩に誇れる家を残すための「つくり手の覚悟」です。
1. 失敗と克服の歴史が磨き上げた「北方型住宅」の哲学
北海道の住宅技術は、決して順風満帆に進化してきたわけではありません。そこには凄まじい「失敗の歴史」がありました。
1970年代、断熱への関心が高まった一方で、不適切な施工による壁内結露や、家が腐ってしまうナミダタケの被害が深刻な社会問題となりました。北海道の先人たちは、その絶望を技術と情熱で乗り越え、最新の「北方型住宅2020」という基準を確立したのです。

長寿命であるための維持管理の仕組みや、災害時に無暖房でも一定の室温を保てる断熱性能。これらは過酷な自然から家族を守るための「シェルター」としての思想です。家を一つの「生命体」として捉えるその姿は、私が大切にしているバウビオロギー(建築生物学)にも深く通じるものでした。
2. 山本亜耕氏の設計思想:土地の「冬の顔」を知ることから始まる
今回の研修で最も印象的だったのは、建築家・山本亜耕さんの教えです。
先生は「建てる土地が決まったら、必ず冬に見に行き、雪がどこにどう付くかを確かめる」と説かれます。風の流れや雪の溜まり方を実地で確認し、それによって排気口の位置や屋根の向きを決める。机上の計算ではなく、自然の猛威を現地で受け止めてからペンを走らせるその姿勢こそ、設計の本質だと感じました。

3. 理論が心地よさに結実した「実物件」の考察
拝見した実物件からも、多くの衝撃を受けました。
福井の家:地域に最適化された合理性 太陽光発電を自家消費し切り、薪ストーブの輻射熱で「質の高い暖かさ」を実現していました。地形に合わせたパッシブ換気による、モーター音のしない静かな室内は、数値以上の価値がありました。

発寒の家:伝統美と現代技術の融合 木造でありながら、鋼材を組み合わせることで大型車2台を収容する無柱空間を実現していました。職人の手刻みの美しさを生かしつつ、プレカット工場とも密に連携する。大工の視点からも、その緻密な納まりには言葉を失いました。

放射暖房という「第2の自然」と、森を育てる工場
「PSマダガスカル」での体験は、私の暖かさの概念を根底から変えました。 パネル内に水を循環させ、その放射(輻射)によって温度を制御するシステムは、乾燥しにくく、まるでお日様のような柔らかな暖かさです。

5. 現場を支える技術とリアリティ
施工の最前線である株式会社キクザワさんでは、冬を乗り切るための圧倒的な断熱・基礎工事のボリュームを学びました。

基礎断熱の徹底ぶりや、厳しい冬期施工のコスト管理。過酷な現場で職人を守り、品質を維持するための経営的判断に、同じ工務店代表として深く共鳴しました。
6. 科学が立証する「断熱と命」の関係
北海道大学の森太郎教授からは、学術的な視点での学びをいただきました。 衝撃的だったのは、「北海道よりも、四国などの温暖な地域の方が、冬季の死亡率が高い」というデータです。断熱性能の低い家では室内外の温度差が激しく、ヒートショックを引き起こしやすいためです。

建物性能を高めることは、単なるこだわりではなく、地域の健康を守るための「インフラ」なのです。奈良の地で私が取り組んでいる「高断熱・高気密」と「地域材の活用」が、地域の命を守る活動なのだと再確認できました。
100年先への責任を胸に
100年前、小樽の北防波堤を築いた広井勇氏は、後輩のためにコンクリートの試験体を残していました。
私たち工務店も、目先の利益ではなく、100年後の奈良の街並みに誇れるものを残さなければなりません。 奈良の底冷えする冬や、夏の湿気。この厳しい気候風土の中で、どうすれば家族が一生健やかに暮らせるか。今回の学びを奈良の風土に翻訳し、一軒一軒の現場に誠実に込めていく。それが、私の使命だと考えます。